2023.11.13

ザオ・ウーキーのアートについて解説 買取は可能?

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ザオ・ウーキーというアーティストをご存じでしょうか。
ザオ・ウーキーは、中国出身、また、パリを拠点に活動するアーティストです。

彼は中国でのアート活動にいささか疑問を感じ、パリへと移住することになります。
パリではパウル・クレーなどの抽象画家の影響を受けることになります。

はじめて個展を開いたときには、パブロ・ピカソからも高い評価を得ます。
ザオ・ウーキーのアートとは、まさに、中国とパリの価値観の融合です。

ザオ・ウーキーの経歴

ザオ・ウーキーは、1921年中国に誕生しています。

1935年から41年の間、杭州美術学院へ入学し、中国絵画や西洋絵画を勉強してきました。

そこでは「書法」であったり「山水画」と言った中国に存在している伝統的技法を学ぶことになります。

その後、ザオ・ウーキーは、杭州美術学院の助教授に就任し、教える立場になります。

中国は清王朝から中華民国に国家体制が変遷する時期でした。満州事変であったり盧溝橋事件、第二次世界大戦の最中できわめて不安な時代であったため、中国のアートの世界もぐらついていました。そのような状況を目の当たりにしザオ・ウーキーは、形式だけが残る中国のアート情勢に対して疑問を持ち始めることになります。

そして、彼は、1948年に妻とともにパリに移住することを決断します。

彼が決断したのは、中国共産党政権が誕生する直前でしたが、もしもザオ・ウーキーがそのまま中国に居残っていたとしたら、アート情勢に対して不満やいらだちが更に累積していったことでしょう。

その後、ザオ・ウーキーは、パリで、グランド・ショミエールのアトリエにてアートを学び、1949年にはパリ・クルーズ画廊にてはじめての個展を開催することになりました。

そのとき、ジョアン・ミロであったり、パブロ・ピカソといった巨匠の面々がザオ・ウーキーのアートを観て、高く評価したということです。

抽象表現主義の影響

「パウル・クレー」は、スイス出身の20世紀を代表するアーティストです。「表現主義」であったり、「キュビスム」、「シュルレアリスム」などを含めた前衛芸術運動の影響を受けたアーティストのひとりです。

ザオ・ウーキーは、パウル・クレーと出会って、傾向が次第に抽象画寄りになります。

パウル・クレーは、「天使」シリーズのように、直線だけを使用して対象を表現するアーティストです。一方でザオ・ウーキーも、中国で学んだ伝統アートは、対象物をシンプルに示すという方法であったため、全く異種のアートに挑戦するという感じではありませんでした。

その後ザオ・ウーキーは、中国伝統の水墨画と西洋の抽象画の美意識をミックスさせたオリジナルの世界観をもち作品を制作するようになります。

中国で個展を開催

そして、ザオ・ウーキーは、1980年、中国に凱旋し、個展を開催することになります。

中国の人たちも、中国の手法が融合したザオ・ウーキーのアートを高く評価してくれました。

それは中国の人たちにとって新しいアートでありながらも、どこか郷愁性も感じとることができるアートです。

ザオ・ウーキーは、このようにして、パリだけでなく、アメリカやロンドンなど世界中いたるところに、ザオ・ウーキーのファンを作り出すことに成功します。

ザオ・ウーキーの魅力

ザオ・ウーキーのアートの魅力は、東洋の宇宙観と西洋の抽象主義がミックスされたことです。

決して相反するものをごちゃまぜにしたという感じでもないので、観る側も、安堵感をもちザオ・ウーキーのアートと向き合うことができるのではないでしょうか。

中国に存在している宇宙観は、見事、パリの抽象主義と合体、融合することができたのです。

サザビーズでアジア人アーティストとしては過去最高額で落札

ザオ・ウーキーは、サザビーズでアジア人画家としては過去例を見ない最高額で落札されたことでも世界的に注目されるようになりました。

ザオ・ウーキーによる記念碑的な抽象画「1985年6月-10月」(1985)は、サザビーズ香港で6500万ドル(おおよそ73億9500万円)の高額で落札されることになります。

落札額は、ザオ・ウーキーの今までの最高落札額である「29.01.64」(1964)の2600万ドルを大きく超え、アジア人アーティストによる油彩画の最高額であったり、香港で落札された絵画の最高額などの記録を更新することになります。

ザオ・ウーキーの作品を35年販売してきた香港拠点のディーラーである、パスカル・デ・サルトは、ザオ・ウーキーは、ウィレム・デ・クーニングであったり、マーク・ロスコ、また、バーネット・ニューマンのような同世代の戦後アメリカのアーティストたちと並んだと、アメリカのメディア・ブルームバーグにコメントしています。

また、サザビーズアジアの会長であるパティ・ウォンは、ザオ・ウーキーによって様々な記録が更新されたことで、アジアのコレクターたちがアジアや西洋の現代美術に対して深い興味を持っていることが明らかになったとも語っています。

アートは、「価格」ではないとも言いたいのですが、アートは、得てして価格で評価される運命も避けることができません。また、価格によって人々の注目度を測ることができ、観客を巻き込むことでアートは独自世界を成長していきます。

また、ザオ・ウーキーのアートがそれだけ評価された理由は、東洋のテイストのミックスという今までに存在しない試みがあり、東洋人も西洋人もザオ・ウーキーのアートに関心をもったからです。

決して、無理にギュウギュウ詰めにしてしまう発想ではなく、いいものは素直な気持ちで認め、自分自身の中に取り込んでいこうという発想です。

何か挑戦的なアートという感じでもなくザオ・ウーキーの生きざまがそのまま描かれている素直なアートとも言っていいのではないでしょうか。

ザオ・ウーキーの存在を知り、アートを鑑賞することで東西が仲良く手を握り合ってくれればいいのですが。

抽象主義は、戦争に対しての反感意識から生まれたところがあるのですが、抽象主義を受け入れたものの、そのような反感意識もザオ・ウーキーのアートには感じません。

中国の宇宙観が完成するための手段として抽象主義がうまくなじみ、さらに宇宙観は万国共通のものとして奥行を広めた感じではないでしょうか。

水に沈んだ都市

1954年には、ザオ・ウーキーは、「水に沈んだ都市」という作品を発表しています。

うす暗い水底に、沈む街が見える……。様ないろどりが、深い青の中でかすかな光がゆらめくように輝いています。

そして、水平方向の線が街を水の中へと溶かし、そこには静寂な世界があります。

水に沈んだ都市のアートは、水墨画のようにも見え、水墨画とは違う全く新しい手法のようにも見えます。

ザオ・ウーキーは、中国の伝統的アートから出発するものの、抽象主義に傾倒し、できるだけ伝統的アートに見えないようにと思っていたということです。そこにあるのは、懐かしくもあり、懐かしさが否定された感じでもあります。懐かしさが否定されたもの、それは未来なのではないでしょうか。

今後、ザオ・ウーキーは「線」であったり「記号」などと言った形を後退させ、大きな抽象画に取り組むようになります。

しかし、70年代になって、妻の病気で大作が手がけられなくなった時期がありました。そのような時期、友だちに勧められたのが再び中国の伝統アートである墨と紙だけでできる墨絵でした。

ザオ・ウーキーは、それまで、いかに中国風にならないようにならないようにと避けてきた、墨による表現へ回帰することになります。別にそれをザオ・ウーキーは、嫌々ながら向き合ったということではありません。なぜなら、ザオ・ウーキーの心には、いつだって、伝統的アートが存在していたのですから。

ザオ・ウーキーは、過去から未来を行ったり来たりし、しなやかに表現様式を変化させることもでき、トランスフォーメーションを表現することができるアーティストです。

07.06.85

ザオ・ウーキーの「07.06.85」(1985年)は、鮮やかなブルーとホワイトのコントラストが、限りない対比を感じさせるアートです。

このアートの上部のブルー部では筆を使用せず、絵の具を注ぎ込む技法が使われ、東洋の水墨画の要素がうまく活かされています。また、中央部ではホワイト絵の具を使用した巧みな筆さばきを確認することができ、ザオ・ウーキーの創造・技術力の高さがうかがい知ることができます。

この作品はブルーとホワイトのたった二色の表現であるにも関わらず、ひとつの色の中に様々な思いがほとばしり出るのを感じとることができます。

たとえば、ブルー部では、短絡的に「青」と表現してしまうのは妥当ではありません。「青」だけでなく、「蒼」であったり「碧」といったニュアンスも感じることができます。ザオ・ウーキーの作品を鑑賞する人たちに、色の持つイメージの自由性を与えてくれていることもこのアートの特徴と言っていいでしょう。

 コンポジション

ザオ・ウーキーの「コンポジション」からは、躍動感のある筆致であったり、一方で水墨画のようなわずかな色を濃淡によって表現する色使いの技法から、深みであったり豊かさを感じとることができます。

アクアチントを使用した描く作品において、面の表現がメインとなりますが、奥行き、触感といった細やかな感覚を感じとることができる点に、ザオ・ウーキーのこの上ない工夫をうかがい知ることができます。

ザオ・ウーキーのアートを売却査定して欲しい

ザオ・ウーキーのアートを売却査定して欲しいという方々も多くいます。

ザオ・ウーキー作品は、2018年にサザビーズが香港で開催したオークションにてアジア人アーティストとして最高評価額で落札されたこともまだ、記憶に新しいです。

東洋と西洋の美意識を折衷させたオリジナルの作風は、彼がなくなったあともなお評価され続けています。

アジア人アーティストとして最高評価額のおおよそ73億円で落札。それは、同じ時期にサザビーズが開催したオークションにおいての奈良美智「Knife Behind Back」の落札額をはるかに超える価格でもあり、そのことだけでもザオ・ウーキーは現在とても注目されているアーティストだということが分かります。

まとめ

いかがでしょうか。今回は、ザオ・ウーキーについて解説しました。

ザオ・ウーキーは、東洋の宇宙観と、西洋の抽象主義の世界を見事融合させ、新しいアートの世界を作り出した人物です。

いま、ザオ・ウーキーのアートに関心をもち、購入したいと思っている方々もきっといらっしゃることでしょう。

とても現在注目されているアーティストであるため、所有しているという方々も、今がアートを売却査定してもらういいタイミングであるかもしれません。

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