2024.11.22
作家名
2024.11.22
ルパート・スミスは、もともとは版画工房のプリンター職人だったのですが、ポップアートの巨匠・アンディ・ウォーホルと出会い、アンディ・ウォーホルに技術の高さを評価されます。
1977年からは正式に、アンディ・ウォーホルのアートディレクターとなり、その後アンディ・ウォーホルが亡くなるまでのあいだ、共同でアート作品を次々誕生させています。
アンディ・ウォーホルが亡くなってからは、「ジャパンシリーズ」を完成、アンディ・ウォーホルに捧げています。
今回は、そんなルパート・スミスのアートを深堀します。
目次
ルパート・スミスは、1954年 米国ニュージャージー州に誕生します。
1973年には、 ブラット・インスティチュート芸術学部(絵画・版画専攻)を卒業。
1974年には、 アンディ・ウォーホルと出会い、制作に携わることになります。「ハンド・カラー・フラワーシリーズ」などのアート作品と関わってきました。
その後、1977年、「ハンマー・アンド・シックル」シリーズから、正式にアンディ・ウォーホルのマスター・プリンター、アート・ディレクターとなります。
ロサンゼルスの名門、ターマリンド版画工房のマスタープリンターの地位をほとんど保証されていたルパート・スミスなのですが、そのままの道を進んでいくだけでは自己の可能性を狭めてしまうだけだと思い、独学を決断、ニューヨークにおいて自己のワークショップをオープンさせることになります。そこでアンディ・ウォーホルとの出会いがあります。
ルパート・スミスは、ニュージャージー州の田舎町で誕生しています。どんよりとした気持ちが塞がってしまうような天気が多く、夏でも寒々としているような環境で育ったルパート・スミスは、まさに、フロリダやカリフォルニアのさんさんと降り注ぐ太陽の光にこのうえない憧れをもっていました。
「ダイヤモンド・ダスト」はまさに、海が太陽で輝く様子であり、その後アンディ・ウォーホルのアート作品にも多用されます。
アンディ・ウォーホルは、ルパート・スミスの高度で、かつ重厚感があり、完璧なシルク技術に対して一目ぼれをしています。
そして、ルパート・スミス自身も、アンディ・ウォーホルに対して60年代のポップ・マスターとして敬意を示し、自分自身の手によって新しい息吹を吹き込むことができれば……ということを願っていました。
アンディ・ウォーホルとルパート・スミスが、共同制作者という形で強い絆を結ぶのにはそれ程時間もかかりません。
ルパート・スミスとアンディ・ウォーホルが出会い、アンディ・ウォーホルが亡くなる1987年に至るまでは、ルパート・スミスは全部のアートに関わっています。
また、アンディ・ウォーホルが亡くなる以前に抱えていたプロジェクトのひとつに「ジャパン・シリーズ」があります。ジャパン・シリーズの完成は、ルパート・スミスの力なくては決してありうることではありませんでした。
ただし、ジャパン・シリーズには不幸な結末も。ジャパン・シリーズのプロジェクトが完成の段階では、制作にかかわったルパート・スミスも、病気で亡くなってしまうことになります。
アンディ・ウォーホルも亡くなり、ルパート・スミスも亡くなり、本当の意味でこのプロジェクトは、ウォーホルファミリーの遺作となります。
アンディ・ウォーホル+ルパート・スミスのアートを見た最初の感想は、「これがアートなの?」「どこがすごいの……?」という感想をもってしまう方々もいらっしゃることでしょう。
アンディ・ウォーホルといえば、「キャンベルのスープ缶」……などなど、大衆文化をモチーフにした作品を数多く手がけ、アメリカを代表する人気の現代芸術家です。
アンディ・ウォーホルは、現在知られているようなポップアートの象徴として名をはせる以前は、広告のイラストレーターとして活躍をしていました。
ブロッテド・ライン(紙につけたインクを別の紙に転写)を使用した靴の広告であったり、アルバムのカバーイラストなどを手掛けています。アンディ・ウォーホルが目指していたものは、ポップを主題にした作品です。
しかし、最初のころは、自分自身のスタイルや方向性が確立している訳ではありませんでした。その後、アンディ・ウォーホルは、「エドゥアルド・パオロッツィ」、「リチャード・ハミルトン」などといったポップアーティストの作品に刺激を受け、その後、彼はコカ・コーラのボトルを題材にした作品に挑戦しています。
それまで彼は、コラージュであったり、ブランドをひとつの要素と捉え、描く流れを重視していたのですが、コカ・コーラの作品の場合、コカ・コーラのボトル自体が堂々と主題の位置づけとなっています。アンディ・ウォーホルはここで、コカ・コーラのボトルをただ見た目のイメージとしてとらえることをしています。
それは、対象を変容するほどの創造するアートという感じでもなく、対象が優先して存在し、対象の魅力を強調する手法です。そこには、技術優先の職人気質があります。アンディ・ウォーホルのアートとは、広告的要素を強調するものであり、目立たせるためのものであったのかもしれません。
何を描けばいいかアンディ・ウォーホルの頭に明確な答えがある訳ではありません。
そこで安易な発想にも見えるかもしれませんが、「ポップカルチャーとして普及しているものを描けばいいんじゃないか……」という発想に至ります。
アンディ・ウォーホルのアートに存在しているものは、主体をなす人々や製品であり、それを自己流の方法によって、自分自身が満足できるよう理想化していくことが彼の仕事です。
そのとき、古典的な手法を使うこともありますし、定番のやり方の場合もあります。さらに、アンディ・ウォーホルが得意としたのは、搾取です。
このような感じで、アンディ・ウォーホルには自己のアートと向き合うルールが存在し、ルールに従い淡々とアートが誕生しています。そのような意味では、アンディ・ウォーホルのアートは、自分の思想・哲学に基づき絞り出すようにして描くアーティストのような感じではなく、永遠の職業デザイナーという感じもします。
しかし、それがライト感覚のポップアートだと言われれば誰も否定はできないでしょう。
もつと重厚なアートがある一方では、このような軽いアートが一般大衆に求められているのです。
そのような意味では、重厚なアートは、誰もが受け入れるアートではなく、一部の人たちが認めるアートです。ポップアートはそうではなく、もっと多数の人たちが認めているアートです。支持する数は、圧倒的にポップアートの方が上とも言っていいでしょう。そして、教科書の中で化石化してしまうアートではなく、ポップアートは、生々しく流動し続けるアートです。
アンディ・ウォーホルとは、ある意味、様々な要素を受け入れる器に過ぎないという言い方もできてしまうかもしれません。
しかし、なんでもアンディ・ウォーホルという器に詰めこめばいいということでもありません。そこには彼なりの創作にあたるルールが存在しているからです。
しかし、アンディ・ウォーホルが器としてフレキシィブルに様々な要素を受け入れる姿勢をもっているからこそ、ルパート・スミスと出会い、ルパート・スミスを評価し、一緒にアートを育てていこうという気持ちにもなることができたのでしょう。
また、ルパート・スミスの存在も、アンディ・ウォーホルの意図するものにそぐわないと判断されれば、短期で関係は終了してしまったことでしょう。しかし、そうではなく、ルパート・スミスとの関係は、アンディ・ウォーホルの死まで持続することになります。
きっとアンディ・ウォーホルがもっと長く生きていたら、もっと長く続いていたであろうことも充分予測することができます。
ルパート・スミスが、アンディ・ウォーホルの器にすんなり収まることができたのも、ルパート・スミスが、アーティストというよりは職業デザイナーという感じであったからです。彼にも思想はなく、根底に存在したのは、いい作品を作ろうという職人気質です。ルパート・スミスは、アンディ・ウォーホルと意気投合し、また相乗的に成長していくことになります。
現在、ルパート・スミスのアートを所有していて、売却査定して欲しいと思っている方々もいらっしゃるのかもしれません。
ルパート・スミスはアンディ・ウォーホルの専属プリンターであったため、それほど残した作品は多くはありません。
アンディ・ウォーホルが、日本文化にインスピレーションを受けて取り組んだ作品を発表する前に亡くなってしまった為に、その後ルパート・スミスが彼の意志を引き継いで、ルパート・スミスの名で発表された「ジャパン・シリーズ」が知られています。
日本人としてはとても身近である、「鉄腕アトム」であったり「パックマン」、また、ニコンのカメラであったり、ソニーのウォークマン……などと言った、アンディ・ウォーホルならではのポップな色調はそのままであり、とても人気の高い作品です。
近年現代アート全般の評価が高まっている状況であり、ルパート・スミスのアートも同様に評価は上昇傾向にあります。
アンディ・ウォーホルの版画アートと比較してやや落ち着いた感のある相場となりますが、5年前と比較して売却査定額は確実に上昇しています。
いかがでしょうか。今回は、ルパート・スミスのアートについて解説しました。
ルパート・スミスというアーティストは、アンディ・ウォーホルの存在なくして語ることができません。
実はルパート・スミス名義ではそれほど多くの作品を残していません……。しかしながら、日本を題材にした作品を扱っているため、作品数と比較しても、ルパート・スミスが好きという方々は多いです。
単にアンディ・ウォーホルが好きという方々も、ルパート・スミスに視線を伸ばすことで、さらにアンディ・ウォーホルについて深く知ることになるのではないでしょうか。