2024.11.22
作家名
2024.11.22
中村萌(なかむらもえ)は、国内外で評価されているアーティストです。
彼女のアートとは、中村萌自身の言葉を借りれば、わたしのようであって、わたしではない、だれかのようであって、だれかでもない……、そのような曖昧な存在を探求し、作り出されたアートです。
私のようで私ではない、あの人に似ているのかと言えばあの人でもない……。まるで、それは生まれたばかりの赤ちゃんの瞬間をとらえたかのような、初々しさを感じとることができるアートです。その瞬間にこそ、何者にもなることができる自由があるのではないでしょうか。
今回は、そんな中村萌のアートを深堀しました。
目次
中村萌は、東京生まれのアーティストです。1988年に誕生しました。
2010年には、女子美術大学美術学科洋画専攻を卒業しています。
2012年、女子美術大学大学院美術研究科美術専攻修了。
中村萌は、くすなど丸太のままから削り、油絵具で彩色する流れで彫刻アートを制作しています。小さいころから描き続けているという、かわいい妖精のような作品を発表しています。
様々なグループ展にも意欲的に参加、2014年の台湾におけるアートフェアをきっかけとして、海外からも注目されるアーティストに成長しました。
銀座のポーラ ミュージアム アネックスでは、個展「our whereabouts – 私たちの行方 -」が開催されました。
個展のタイトルは、「our whereabouts – 私たちの行方 -」
私達の行方は一体どこにあるのでしょうか。
現在コロナ禍の中、より不安を抱えている時代であるのかもしれません。
私達はさまよい続けている。
しかし、さまよい続けているからこそ、その先に光を見つけ喜びを得ることができる可能性を秘めています。
その先とは……、私達の心の奥底の部分です。
まさに、個展「our whereabouts – 私たちの行方 -」は、自分自身に問いかける旅であり、自分自身の中の光を発見する旅です。
この個展では、中村萌が今まで創造したものからはじまり、新作も含め、木彫と平面作品が計24作品展示されています。
Growth(成長)は、同じく展示されているGrow in silence(静寂の中での成長)ともつながりを感じとることができるアート作品です。
Growth(成長)の頭は、樹木であり、樹木は、これから成長していくような気配です。
そして、赤ちゃんは、まだ世間のことを何も知らず安らかに眠っているような感じです。
Grow in silence(静寂の中での成長)では、頭の上の樹木が成長したというよりも、なたでバラバラに切り崩されてしまったかのような感じです。
しかし、赤ちゃんの顔は、その事態を嘆いている様子ではなく、やっと目をかすかに開いたばかりのようで、世間の事態は何もまだわかっていない様子です。
赤ちゃんは、まだ世間の事態を直接把握している訳ではありません。世界と密接にかかわらない赤ちゃんは、まだ人間自体でもないということができ、そこにこそ、なかなか見つけることができない私達の希望(光)が存在しているのかもしれません。
Our whereaboutsは、個展のタイトルにもなっているアートです。Our whereaboutsでは、3人のモチーフがトーテムポールのように縦に積んで、一番下の子どもは目をかすかに開けて、世界の様子がどうなっているのか探ろうとしはじめているような感じです。
決して世界を目の当たりにし、希望に満ち満ちた感じというのでもなく、嘆く感じでもなく、これから世界について考えていくであろう直前のようです。
まさにまだどんな判断も出来ない状態であり、どこにも属さない今の状況が一番幸せを語っているのかもしれません。また、固体化した子どもは結局、世界をこれから直視することはなく、ずっとこのままの状態であるのかもしれません。
2番目の水色の衣装をまとった子どもは、両手を横に広げ、意思表示をしているような感じです。しかし、この子どもは、一番下の子どもが目をかすかに開けていた状態であったのに対して、目を閉じてしまって、かすかに口を開けています。
意思をもち、世界と接するようになったけど、結局は目を閉じ隔離された自己の世界に閉じこもってしまったのかもしれません。
わずらわしいものは見なければいい、口を開けて息さえすれば、私達は幸せに生きることができると言っているかのようです。
そして、一番頂上にいる小さい子ども。こちらは、紺色の衣装を身にまとって、目と口も閉じてしまっています。
この子どもは、長い髪の毛で自分の心の在りかをまさぐっているような感じです。
頂点にいる子どもが一番小さいので、赤ちゃん……?と思ってしまう方々もいるのかもしれませんが、そうではなく、一番頂点に立ち世界を見回すことができる状態です。頂点に立ったというのもこの子どもの知恵でしょう。
そして、一番頂点の子どもが一番世界を目の当たりにして、結果、目も口も閉じ社会から隔離しただけでなく、自分自身が生き物として生きることも放棄してしまったかのような。そして、生き物として生きる以上に大事である心の在りかをまさぐっている様子です。
もしも心の在りかを確認することができないのであれば、生き物として淡々と生きてしまうことに一体何の意味があるというのでしょうか。
大事なのは、「世界」でもなく、「生」でもなく、こころなのだと言っているかのようです。
our whereabouts -私たちの行方の答えは見つけることができたでしょうか。
our whereabouts -私たちの行方は、社会ではありません、何も考えずただモノを食べ、息をするだけの人間に成り下がってしまうことでもありません。そうではなく、自身の心の中に、人間は自己の価値を見いだしていかなければならないということです。
社会と関わらず遮断し、自己探求をした結果見つけた心の在りかこそが、希望であり光です。
しかし、そんなものは実際にはユートピアにすぎません……。人間は必ず社会と接し、接することで相対的に自己を発見し、成長し、また挫折していくのですから。
もしもそんな生き方をすることができるとすれば、それは人間ではなく、妖精か何であるのかもしれません。
この個展では、他にまるで人間ではないような、妖精のようなキャラがいくつも登場しています。
On the way homeは、はだしで、目も閉じた妖精?が木のような服に身を包んで、熊の耳をこさえとても愛らしい風貌です。
I’m nobodyは、ウサギのような耳をしたキャラクターです。このキャラクターは、うさぎになりたいと思っているけど、うさぎではありません。実際に、妖精に見えても妖精であるかも不確かです。
妖精を追求すれば、妖精にだって苦しみであったり、悲しみを抱えているのかもしれません。救われているのは、何にも属さない状態であると言っているかのようです。
中村萌のアートにはたびたび半眼が登場します。
半眼と言えば、中村萌は、まるで、如来像であったり菩薩像の世界に影響を受けているかのような感じです。
それらは、まだ世界を把握する直前の姿であるのかもしれません。
人間は人間として生きている以上、社会と強制的にかかわることになるでしょう。全開きで見てしまうことで、全部を受け入れてしまうことになるので、半開きで様子をうかがい、嫌なものは拒否する姿勢であろうとしているのかもしれません。
世界を半開きで見れば、世界は正しく目に映らないかもしれません。しかし、所詮両開きで見たところで世界は、正しく把握するには値しない存在です。世界には良い面もありますが、嫌な面も同時に視野に飛び込んできてしまうでしょう。
半開きだからこそ自分本位で世界を切り取ることができ、いろいろな視点で見つめることができ、俯瞰した目で見ることができ、最終的にものごとを判断しようとする意思は自分自身のこころの中にあります。
半開きは、半分は世界を把握する目であり、半分は、自分自身の内面を見つめる心の目をもつことです。
中村萌の作品の中には、かすかに笑っているかな……?ということを感じるものもあります。
世界は、意識すれば興ざめするばかりのものと直面してしまう……、何にも社会と属さない状態の瞬間にこそ光をみることができる……。
なんだか、それでは私達の生きている世界に何も明るい兆しがないようでがっかりもしてしまうのですが。中村萌のアートには、時としてかすかに笑っているかのような子どもの表情があって、ほっとさせられることがあります。
かすかに笑っているようで、実際には笑っていないのかもしれませんが。それでも、わずかだけでも子どもが社会のことを知り、社会を肯定的に受け入れているような感じがしてきます。
実際にも生まれたばかりの赤ちゃんが、社会と共有するつもりでかすかに笑った顔を見せることがあります。それに近いものではないでしょうか。
赤ちゃんは生後8か月ごろになると、お母さんなど特定の人物にだけ笑顔を見せるようになります。これは人物の認識ができていることの表れであり、安心できる人物を見わける人見知りであったり、愛着関係のスタートラインであるともとらえることが出来ます。
社会もなかなか捨てたものではない。
それは捨てたものではない他者が側にいてくれるからです。
そんな人間関係を構築することができれば、明るい社会を充分期待することができるのではないでしょうか。もちろん他者任せというのも良くありませんし、捨てたものでない他者を呼び寄せるためには自身の努力も大事、自分自身も他者から捨てたものではないと思われる人物になる必要があります。
現在、中村萌のアートを所有していて売却査定をして欲しいと思っている方々も多くいらっしゃることでしょう。
作家自身が手がけているオリジナルアートは、そもそも多く流通できないため評価が高く、高価買取に繋がりやすいです。
中村萌の場合、植物や雲などをまとう妖精のような、ふっくらとした作品が人気です。
そんなアートによってお部屋に自然とのパイプが生まれることでしょう。そこから新鮮な空気がお部屋に届けられることになります。
Grow hornsは、ついつい二度見してしまうような魅力的な作品です。たとえばGrow hornsは、13万円~15万円の買取実績があります。
いかがでしょうか。今回は、中村萌のアート、買取情報について解説しました。
まさに、中村萌のアートは、希望のない私達に希望を感じさせてくれて、幸せになることができるアートです。
インターネットで気軽に多くの見えない他者とつながりをもつことが出来るようになった私たちなのですが……。いっぱいつながりをもつことができるようになった反面、自分自身を見失ってしまったり、累積する不安、孤独感を抱えている方々も大勢います。
世界はつながり、存在自体があいまいさを露呈してしまったのかもしれません。世界にあまりにも期待しすぎた結果です。
求めている真実は、私という個人の外側にあるのではなく、もっと心の内側の奥底にあるのではないでしょうか。
中村萌のアートは、そのようなことを考えさせてくれるアートです。
そんなアートを身近に置いておくことで、厳しい現実を生きていくことができる精神的ゆとりも生まれてくるのではないでしょうか。