2023.11.26

蜷川実花のアートとは 買取は可能?

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蜷川実花(にながわ みか、1972年10月18日 ~)は、日本の女性写真家であり、映画監督、現在、クリエイティブ・ディレクターとしても活動しているアーティストです。

彼女は、独特な極彩色の写真を撮り続けてきました。やがて、写真という枠を大きく超え出て、映画や、ファッション、デザインなど様々な分野で幅広く活躍しています。

今回は、そんな蜷川実花のアートを深堀します。

蜷川実花の経歴

蜷川実花は、日本を代表する演出家、蜷川幸雄の子として誕生します。1972年10月18日のことです。

母親真山知子も女優であり、蜷川実花は芸術一家に生まれ、幼少のころから当たり前のようにアートが身近にありました。

桐朋女子高等学校を卒業した後は、多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科に入学し、写真とともにグラフィックデザインの勉強もしてきました。

大学在学中には、第7回写真3.3m2展(ひとつぼ展)でグランプリを受賞することに。また、2001年には第26回木村伊兵衛写真賞を受賞しています。

2007年に、蜷川実花は映画監督としてもデビューを果たすことになります。映画「さくらん」は、第57回ベルリン国際映画祭、第31回香港国際映画祭に特別招待作品として正式出品されています。

その後、蜷川実花は、「ヘルタースケルター」、「人間失格 太宰治と3人の女たち」、「Diner ダイナー」などと言った映画を意欲的に監督、映画監督としての活躍の場を広げていくことになります。

さらに、蜷川実花は2020年には、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会理事に就任しています。

蜷川実花のアートとは

蜷川実花のアートには、原色が多く使用され、独特な色合い美が存在します。

まさに、色合いの中にこそ蜷川実花の世界を感じ酔いしれている方々が大勢いると言えます。
それは、一目見るだけで蜷川実花のアートだとすぐにわかるほどの色彩です。

また、蜷川実花のアートはファッショナブルであり、お部屋に蜷川実花のアートを飾りたいと思っている若者も大勢います。

色合いは激しさもあり、どぎついと感じることもあるかもしれませんが、選ばれた被写体は、お花であったり、金魚であったりとやわらかい素材が多く、アンバランスな心地よさがここに生まれます。まさにそれが蜷川実花の独自世界です。

はかない世界観

蜷川実花のアートに対して、強烈なインパクトを受ける方々は多いことでしょう。そちらの印象が強くて、蜷川実花はそのようなアーティストだと認識している方々もいるのかもしれませんが、実際には蜷川実花のアート作品の中には、突如としてはかない世界観が露出することがあります。

2016年すみだ水族館とコラボした展示では、クラゲゾーンが幻想的な空間として演出されていました。

ふわふわ浮かぶクラゲたちの水槽には蜷川実花のアートで装飾され、クラゲ万華鏡(トンネル)では、5000枚にも及ぶ鏡で覆い、蜷川実花流万華鏡が誕生しています。

そこに存在しているのは、幻想的であり、瞬間的に壊れていってしまいそうな危うさです。

また、蜷川実花がモデルを扱ったアートでは、モデルからこの上ない透明感を感じとることができます。

いつまでも永遠に透明でありたいと願うものの、人間とはそもそもそのような存在ではありません。いつか朽ちていってしまうでしょう。だからこそ、いまこの瞬間一番美しくありたいと願っているのでしょうし、そこに存在する透明感はこのうえなくはかない美しさがあります。

また、彼女には父親蜷川幸雄の影響もあり、静止画モデルは演劇的に仕組まれ、まるで物語が綴られるように、躍動し、生き生きとしています。

また、一方で彼女は被写体として、造花など人工的なものを取り入れることも多くあり、躍動の向こう側に存在する死のニオイも感じることがあります。

なぜ蜷川実花は写真を撮り続けているのか

2018年に熊本市現代美術館でスタートした「蜷川実花展 —虚構と現実の間に—」は、各地を巡り上野の森美術館でクライマックスを迎えました。

蜷川実花自身、コロナ禍の影響もあって、アートに対しての変化も生まれてきたと言います。

それは常にアップデートしなければならないという意識です。

人類が惨事に襲われたとき、アートは全くもってなんの役にもたたないものになり下がってしまう可能性も充分あります。コロナ禍も、充分にアートの危機を訴えた時期です。

今まで蜷川実花は、「自分が、自分が」という意識でアートを創造し続けていましたが、いろいろなことを人に伝えるためにわかりやすく整理しなければならないと考えるようになったということです。

人とつながることをより意識するようになって、人と重なったときに見えるヴィジョンをつかみたいという欲求が強くなったと言います。

それは、一瞬浮上しては消え去ってしまうものかもしれません。
しかし、大事なのは、消え去ってしまったときに、またどこかで立ち現れる連続性なのです。それは、個の中には決して見つけることができないものです。

彼女の中には、かつて自分を伝えることに重点を置くために尖った表現をせざるを得ない宿命のようなものが存在していたのですが、「私がアートを描くのはそれだけが理由ではない」と思えるようになったということです。

桜を毎年取り続けていた

「蜷川実花展 —虚構と現実の間に—」では、プロローグを抜け、桜の花の展示から本編がスタートします。

蜷川実花は、毎年、桜を撮り続けてきました。そして今回は、新宿御苑の桜を10日間で7〜8回も通い撮影しました。

その中で彼女が感じ取ったことは、同じ瞬間に二度とめぐり合うことはないということです。同じ場所に頑張って何度も通ったとしてもです。

光は、瞬間瞬間で変幻自在に変化します。桜だって、今日はこの場所が満開だな……とか、もう桜吹雪になってしまっているなとか……、まさに一期一会であることが感じ取れます。

そして、その客観的な桜に映り込んでいるのは、「私」です。私も桜のように、変幻自在に変化していきます。

さっきまで暗かった私がいまは明るい。

いま明るい私は、また何者かに生まれ変わる。

世界には、確定と名付けられるものは何もなく、はかない存在であり、あわれな存在であることをいまさらながらまじまじと感じ取れるようになりました。

世界はあわれであるからこそ、瞬間瞬間はまばゆく光輝いている。

桜はやがて散る、散ってしまったとしても、また世界には新しい生命が宿る。

私ははかなさを感じ取りながらも、そのときそのとき生きる躍動を撮ることができればいいのではないか。

蜷川実花がはかなさの向こう側に見たのは、生命の連続性であり、連続性は、また自己の意識によってかろうじてつながることです。

蜷川実花は、「私が、私が」という意識からスタートし、やがて彼女の意識は変わり、世界のつながりを見つめるようになった。しかし、世界をつなげているのは、やはり自分であるという考えに帰結したのです。

そのとき、蜷川実花は、自分が描いたアートに自分自身が溶け込む瞬間を感じとることができたのです。

そこに存在しているものは蜃気楼ではないだろうか

コロナ禍以前から、蜷川実花は日常を撮り続けることをしてきました。

日常世界を撮り続けることで、世界の輪郭が全く見えなくなるようなことがあると言います。

どこに現実が存在しているのか。

それは現実に見えるけど蜃気楼ではないのか……。

蜷川実花が撮ることによって見つけ出したかったのは、無慈悲に存在する融通のきかない現実ではなく、その向こう側にある尊い瞬間です。

彼女は、日常を撮ることを続けた結果、彼岸への入り口に遭遇したような瞬間にも出会ったということです。

もともと蜷川実花のアートにとって、アートと生活感は乖離したものであったはずなのです。しかし彼女曰く、スマホによってその世界は簡単に崩壊してしまった……ということです。

父親蜷川幸雄の死

蜷川実花のアートは、変化し続けています。

日常を受け入れることで、自分ではどうすることもできない現実を受け止めることになります。死を避けることができない概念も、ごくごく日常世界です。

父親蜷川幸雄の死も、蜷川実花のアートに深い影を落としています。蜷川幸雄が入院して、どんどん身体の具合が悪くなっていく様子を彼女が目の当たりにし、そのとき蜷川実花は写真を撮らずにはいられないという気持ちに陥ったということです。

自分の家からおおよそ半径1キロ程度の散歩する道と病院間で撮影を続けただけなのですが、普段の当たり前の世界がスマホの向こう側でこんなにも美しく見えると感じ、外を歩くことができない父のこころと同化するような気持ちにもなることができたということです。

父、蜷川幸雄が病に倒れ、ゆっくりと死に向かう一年半の日常を記録したものが「うつくしい日々」です。

彼女の作品に私達が心を揺さぶられるのは、どうにもならない現実の向こう側に、それでも美しい瞬間を見いだすことができたからではないでしょうか。

蜷川実花は色合い美だけではない

世界は、色合いだけではない。

蜷川実花自身が私のアートは、色合い美だけではないと感じ取ったときがあります。

世界は、色合いだけでは表現しきれないほど、雑多な存在であるし、美しくないものもあるし、素敵じゃないものもあります。

しかし、それでも私達は生きていかなければならないですし、どうやって生きていくかも大事なテーマなのです。

「Chaos Room」には、蜷川実花のそのような思いがこめられています。

蜷川実花は、いろんなものを自宅から持ってきてそこに配置しました。デスクもソファも全部実際に使っているものを配置しています。

映像も7〜8本創作し、映画監督のノウハウも生かされ創造された空間がここにあります。

蜷川実花のアートを売却査定して欲しい

現在、蜷川実花のアートを所有していて売却査定して欲しいと思っている方々もいらっしゃることでしょう。

蜷川実花は、幅広い被写体を捉えてきたアーティストですが、その中でもフラワーで全面覆われたアート作品「FLOWER ADDICT」であったり、「永遠の花」あたりはとても人気があり高価売却査定が可能です。

Cプリント/プレキシグラスと言った技法の写真を多く手掛ける写真作品も人気があり、高い買取額を期待することができます。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

今回は、蜷川実花のアートについて解説しました。

蜷川実花のアートで特徴的であるのは、色合い美です。極彩色で、見ればすぐに蜷川実花のアートだとわかります。

しかし、蜷川実花のアートには、色合い美の向こう側にはかなさを感じ取れるときがあります。

自我を主張して毎日を頑張っている人たちもいるのかもしれませんが、人間って思っている以上に弱い存在です。めげるときだって必ずあるでしょう。そんなとき、蜷川実花の鮮烈なアートがふっと心を癒してくれることがあります。

蜷川実花のアートの魅力は、私が私がという主張と、自分ではどうすることもできないような現実とのミスマッチの均衡と言ってもいいのかもしれません。



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