2023.11.27

池田満寿夫のマルチなアートの魅力と買取査定・売却について紹介

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池田満寿夫の名前は知っている人も多くいることでしょう。「エーゲ海に捧ぐ」で芥川賞を受賞した小説家でもあり、文化人としてテレビにもよく出ていた人物です。画家、版画家、挿絵画家、また映画監督、彫刻家、陶芸家と多彩な活躍をしているのが特徴です。

また、エロスの作家と言われ、官能的な作風が多いのも特徴の一つです。そのため知名度の割に芸術家として正当な評価を得ていないとされているのも池田満寿夫です。

そんな池田満寿夫の魅力と作品の買取査定・売却について可能かどうかを紹介していますので、参考にしてください。

池田満寿夫とは

池田満寿夫は、旧満州国奉天市(現在の瀋陽市)で生まれ、戦後長野県長野市で育ち、画家を目指して上京します。

その後版画家になりますが、絵画、版画、彫刻、陶芸、挿絵など様々なアートにマルチに取り組んだ人物です。

また、1977年に画家で初めての芥川賞を受賞し、映画の脚本、監督も務めています。1980年以降テレビに文化人として多く出演したことで、知る人も多くなりました。

多彩な人物ということで知られていますが、池田満寿夫は、戦後日本美術界を牽引した人物としても忘れてはならない人物です。

1965年にはニューヨーク近代美術館で日本人初の個展を開いたことも注目すべきことです。また、それ以降もニューヨークなどを拠点に、世界を舞台に10年間華々しい活動を行いました。

池田満寿夫は、アーティストとして、もっと評価されるべき人物とも言えます。

池田満寿夫の作品の特徴と魅力

エロスの作家とも言われていますが、世界からの版画家としての高い評価や陶芸家としての評価が特筆すべきものです。

1966年32歳の若さで、版画家として最高権威となる、ヴェネツイア・ビエンナーレ展版画部門の国際大賞を棟方志功に次いで受賞。ドライポイントの「天使の靴|1963年」「化粧する女|1964年」「スプリング・アンド・スプリングス| 1966年」「ある種の関係| 1966年」など28点の作品群で受賞しています。国際的にも名前を一躍有名にしました。

池田満寿夫の版画は、具象画ですが具象画ではなく、抽象画でもない独自の作風が人気と言えます。銅版画のドライポイントで描いていて、銅版に鋭い刃で傷つける線描は、外国人審査員からは雪舟、水墨画の影響も感じられると当時評価されました。日本的、東洋風の作風も評価されています。

1965年からニューヨークへ行き、池田満寿夫は海外で活躍しますが、同時に自分の作品が日本的な感性から逃れられないことも悟ったと言います。それは、西洋のアートから学ぶだけでもなく、日本的な浮世絵の伝統を引き継ぐだけでもないものです。彼自身が海外での生活の中で、体験した今日の日本の表現方法を習得したものと言えるのではないでしょうか。

また、1976年前後、1977年に「エーゲ海に捧ぐ」で芥川賞を受賞前後に、特にエロチックな作品を多く制作しています。

池田満寿夫自身、「エロスとはイマジネーションだ」と発言していますが、版画で描くことで、芸術的なイマジネーションを膨らませることに成功しています。

マルチなアートの才能を発揮

池田満寿夫は、版画を多く制作し、版画家として高く評価されていますが、油絵や陶磁器の陶芸作品などを作成したことでも有名です。油絵は、抽象的な作品が多いのが特徴です。女性を多く描いた作品も多く、池田満寿夫の油絵ならではの魅力が詰まっています。

また、50代近くから陶芸を始めるなど、多彩な才能を発揮しています。また、池田満寿夫が残した作品の数としては、版画約1,000点に対して陶芸作品はその3倍の3,000点以上と制作数が多いことに驚かされるでしょう。

陶芸では、「般若心経シリーズ」が彼の陶芸作品最高傑作とも言われています。

エロスな作風から、陶芸では般若心経まで様々な作風を展開していったことにも注目です。また、陶芸は、あえて割れるように制作し、「破壊の美学」を求めているのも池田満寿夫らしい特徴です。

そして、陶芸を始めてからは、版画でも琳派などの日本の古典に影響された作品も作り始めます。常に様々なアートに触れながら、独自の世界観を作っていきました。

池田満寿夫は、若くして才能に恵まれ、マルチな才能を発揮し、常にどの分野においても、イマジネーションにあふれた人物です。彼ならではの熱い情熱があるために、いろいろなアートに触発されながら生きてきた、独自性にあふれた人物だったと言えます。

池田満寿夫の経歴を紹介

1934年旧満州国奉天市(現)瀋陽市生まれ

戦後長野県長野市で育ち、画家を目指して上京

早稲田大学に入学

1951年画家の瑛九を中心として大阪で結成された「デモクラート美術協会」に参加

1953年19歳で自由美術家協会展に入選し画家として評価される

1957年東京国際版画ビエンナーレに「太陽と女」が入選し、版画家の道を歩む

1965年ニューヨーク近代美術館で日本人初の個展を開催、以後ニューヨークを拠点に10年間活動。絵画や版画、彫刻、陶芸、挿絵などマルチな制作を行う

1966年ヴェネツィア・ビエンナーレ展版画部門で28点の作品群を発表し、国際大賞を受賞。版画家としての地位を固める

1977年第77回芥川賞を受賞した小説「エーゲ海に捧ぐ」では、映画の脚本、監督を自身が務める

1980年以降テレビ番組に出演、文化人として広く知られるようになる

1983年陶芸やブロンズを制作

1994年陶芸で「般若心経シリーズ」を制作し高く評価される

1997年63歳で逝去

池田満寿夫の有名作品

特に1960年代後半~1970年代前半にかけては、日本の現代版画家として、世界各地の国際版画展で受賞を重ねています。日本の版画表現の水準の高さを知らしめることになった作品が多くあります。日本の現代版画の隆盛と国際的評価は、池田満寿夫の作品と活動に負っているところもあります。

1966年第33回ヴェネツィア・ビエンナーレ大賞を受賞した作品の中の版画作品が世界的にも有名です。

・「天使の靴|1963年」

ビュラン(彫刻刃物)やニードルによるドライポイントの銅版画の技法で作られている作品です。版画のドライポイント、エッチングの技法をふんだんに活かした手法で、周囲のデザインが描かれています。色使いのコントラストも 魅力です。「天使」シリーズは「天使のいる風景」など色使いがきれいな作品があって、買取でも人気となっています。

・「化粧する女|1964年」

ドライポイントとエッチングを使い分けて作られた作品です。女性の姿は柔らかく描かれ、硬軟2種類の線を使いわけて描かれています。日本の版画史を切りひらいた重要な作品のひとつとなる作品です。

・「ある種の関係| 1966年」

ドライポイントで、ささくれにのったインクを刷ることで、にじんだ色合いになり、表現に深みが出るのが味わいです。男性と女性の手足が不思議にお互いの体に繋がっている複雑な構図で作られているのが特徴です。

・「スプリング・アンド・スプリングス| 1966年」

ドライポイントの銅版画で作られています。瓶の飲み物を飲む女性2人が描かれていて、ひざを突き合わせたりする3画面の動きのある構図となっています。ドライポイントでのにじみも活かされて味わいがある作品です。

・「愛の瞬間| 1966年」

池田満寿夫著の「池田満寿夫「愛の瞬間」 池田満寿夫20年の全貌」の表紙にもなっている作品で、ドライポイントで作られた版画作品です。顔をうずめて抱き合う男女が描かれていて、版画の軽やかさで奔放に自由に描かれた作品として人気です。

作品が見られる場所を紹介

主な所蔵作品は、三重県三重郡菰野町の「パラミタミュージアム」、熱海市の「池田満寿夫・佐藤陽子創作の家」と「池田満寿夫記念館」にあって、常設展示されています。

京都市の「京都国立近代美術館」にはパートナーだった佐藤陽子から寄贈された池田満寿夫の版画作品が多数あります。1956年から1997年までの版画作品をほぼ網羅した約800点の版画作品があります。

「スプリング・アンド・スプリングス| 1966年」(第33回ヴェネツィア・ビエンナーレ大賞)「ある種の関係| 1966年」(第33回ヴェネツィア・ビエンナーレ大賞)、「退屈な時間|1955年」他、開館時に版画をまとめて収蔵している「広島市現代美術館」には、初期から1970年代後半まで制作した216点の版画コレクションがあっておすすめです。

また、「真昼の人々|1955年」「タエコの朝食|1963年」「愛の瞬間|1966年」の作品が「長野県立美術館」にもあって見ることが可能です。

池田満寿夫の作品の売却は可能?買取査定はどのくらいなのか

池田満寿夫作品は、銅版やリトグラフの版画、油絵、陶磁器など様々な作品があります。

銅版やリトグラフの版画は、1960年代の第33回ヴェネツィア・ビエンナーレ大賞を受賞した頃のものが売却の際は最も高い買取査定となります。ただし、数万円~数十万円の買取査定の幅があります。「楽園に死す」、「聖なる手1」、「バラはバラ」などは高額査定となっています。

70年以降のリトグラフもありますが、こちらは売却時にあまり高額買取査定とはならないでしょう。

また、油絵は、女性を描いたものが多く、それぞれの作品によって買取査定額が異なります。

1980年代からオブジェとしての陶芸やブロンズを始め、共箱があれば売却時、買取可能です。

まとめ

池田満寿夫について紹介しました。エロスの作家と言われ、マルチな才能で様々な種類の芸術作品を作ってきた人物です。

マルチな才能があり、文化人としても有名なために、評価が低いことは意外かと思いますが、日本の版画史の先駆者でもあり、早くに世界に認められた人物です。

彼の作品は多くありますが、蒐集したいと思っている人が国内外にたくさんいます。海外にもコレクターがいて、売却の際には高額な買取査定も付く作家と言えます。

今、高額で買取査定してもらえる所を探すのも良い方法ですし、もっと高く売れる状況を待って売却をすることも可能です。

ぜひ、今回紹介した池田満寿夫の魅力をよく知った上で、買取査定と売却について検討されることをおすすめします。

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