2023.11.13

大竹伸朗とは?これまでの経歴や主な作品の特徴、査定買取に関する役立ち情報!

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大竹伸朗(おおたけ しんろう)は、東京都目黒区生まれの現代美術家です。

現代美術のみならず、デザイン、文学、音楽など、あらゆるジャンルで活躍していることから、その知名度が高く、多くのアーティストとのコラボレーションでよく見る機会の多い美術家です。

大竹伸朗の作品は、絵画ばかりではありません。音や写真、映像を取り込んだ立体作品などの多彩で豊富な表現力に魅了される方も多く、国内でも海外でも高い評価を得ています。

これまで制作してきた数多くの大竹伸朗の作品は、高値で査定・買取されています。

大竹伸朗の作品は、メディアに取り上げられる機会が多く、印刷物にも採用されることが多いため、多くの人が知らないうちに目にしていることがあります。

異分野のアーティストとのコラボレーションによって、新しい表現力が生まれ、これからも注目され続けるアーティストの一人として考えられています。

近年、大竹伸朗の作品に興味が出て、様々な作品を探し求めている方も年々増えています。

世間で話題になれば、さらに高価買取になることもあります。

大竹伸朗の作品は、これまでも安定した多数の売買実績があり、美術品としての価値も非常に高いものばかりです。

日本を代表する現代美術家、大竹伸朗は、国内外を含めて世界中に多くのファンがいます。

初めて査定を行うと、その人気の高さに驚きます。

本記事では、大竹伸朗の経歴や作品の特徴を中心に、大竹伸朗の作品の査定・買取価格の目安や作品の価値についてご紹介していきます。

すでに大竹伸朗に興味ある方はもちろん、これからじっくりと大竹伸朗の作品を集めたい、と考えている方にとっても有益な情報を提供していきます。

大竹伸朗とは

大竹伸朗は、1955年東京都に生まれました。

1980年代初めに現代美術家として華々しくデビューし、絵画、版画、素描、彫刻、映像、絵本、音、エッセイ、インスタレーション、巨大な建造物に至るまで、猛々しい創作意欲でおびただしい数の仕事を手掛け、なおかつその多くを世に送り出しながら常にトップランナーであり続けてきました。

近年では、ドクメンタ(2012)とヴェネチア・ビエンナーレ(2013)の二大国際展に参加するなど、現代日本を代表するアーティストとして海外でも高い評価を得ています。

大竹伸朗の歴史と共に、作品数は膨大な数になってきており、常に走り続ける強烈な個性をじっくりと堪能するには、全ての作品を目にすることが必要となるでしょう。

大竹伸朗の経歴

大竹伸朗は東京都目黒区生まれ

大竹伸朗は、1955年に東京都目黒区に生まれました。

子供の頃からテレビが好きで影響を受けた作品は、「名犬ラッシー」、「うちのママは世界一」、「ポパイ」、「ブロンコ・シャイアン」などでした。

共通するのはどれもアメリカのテレビ番組です。子供時代から戦後のアメリカの文化の影響を強く受けています。

小学校時代は漫画家に憧れ、中学校時代はサッカー部に入りました。

兄を通じて海外のサウンドトラック・レコード、ファッション、アート系の雑誌に影響を受けていました。

「レンブラント名作展」で油絵に興味を持ち始め、岡鹿之助の「油絵のマティエール」をテキストにして独学で油絵を始めたのもこの頃でした。

油絵に興味を持ち始めた高校時代

高校時代もメインの部活はサッカー部でしたが、兄の影響で近所の絵画教室に通うようになります。画家を目指すようになったのもこの頃からでした。

その頃に影響を受けた人物は、アンディ・ウォーホル、デイヴィッド・ホックニー、ロナルド・B・キタイ、アレン・ジョーンズ、エドゥアルド・パオロッツィ、リチャード・ハミルトン、フランシス・ベーコンなどです。

東京芸大の受験失敗

大竹伸朗は、1974年に東京芸術大学を受験しましたが失敗しました。

しかし、同じ芸術系の武蔵野美術大学造形学部油絵学科に入学しています。

ところが、なんと入学後一週間で休学した後、北海道別海町の牧場へ働きに行ってしまいます。

復学後、最初に制作した立体作品が、ボブ・ディランをモデルにした立体作品《男》でした。

また、今度は1977年から78年にかけてイギリス・ロンドンへと渡り、その時に制作したスケッチや撮りためた写真を作品集として出版しています。

イギリスから帰国

イギリスでの生活は自由奔放で、その後の創作意欲を高め、知見を深めるのに何らかのプラスになりました。

一時的に休学していた大竹伸朗は、日本へ戻った後、大学へと戻って授業を受け、武蔵野美術大学油絵科を無事卒業しています。

この頃は、リトグラフ、オフセットなどの印刷印画紙やフィルムによる作品に興味を持っていました。

その後、本格的に作家活動を始め、国内や海外へと滞在や移住を繰り返し、1982年に初めての個展を開催しました。

ニューヨーク、香港、ロンドン、ナイロビなどにも滞在しています。

いつも話題の中心になることの多い大竹伸朗ですが、個展を開催するにあたって、瞬く間に注目を集め、時の人となります。

しかし、大竹伸朗の才能はアートのジャンルだけには留まらず、その後は文学やデザイン、音楽といった幅広いジャンルへと活動の幅を広げて行きます。

異分野のアーティストとのコラボレーションも、作品をより深みのあるものへと昇華させ、お互いに刺激が得られるものとなっています。

作品はすでに3万点を超える!

2006年には、それまでに制作された大竹伸朗の作品3万点超の中から選りすぐりの作品が展示されることとなった大竹伸朗大回顧展『     全景 1955-2006(東京都現代美術館)』も開催されました

この回顧展には、これまでの大竹伸朗の全ての作品を見るために、多くのアートファンが詰めかけました。

また、2009年には香川県香川郡直島町において、大竹が大量のスクラップブックを用いて制作した作品である直島銭湯『     I♥湯(     あいらぶゆ)』が、実際に入浴が出来る作品として話題になりました。

2013年には、香川県の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で開催された大竹伸朗個展『大竹伸朗展 ニューニュー』や『瀬戸内国際芸術祭』に出品し、近年は国内でも開催されるようになった海外の国際美術展への作品の参加も増えてきています。

2014年には「芸術選奨文部科学大臣賞美術部門」で大臣賞を受賞しました。

このような多彩な経歴を持つ大竹伸朗は、今最も注目すべき日本人美術家の一人として、今後もさらなる表舞台での大活躍が期待されているといってもいいでしょう。

大竹伸朗の作風

大竹伸朗が大量に生み出してきた作品は、数の多さはもちろんのこと、そのスケールの巨大さに誰もが驚かされます。

そのスケールは、美術館といった仕切られた壁を突き破り、街や島全体をフィールドにするような壮大な優れた展示物となっている点でしょう。

40年以上の間、常に第一線を走り続けてきたために、制作の数も膨大です。

対象としているジャンルも多種多様で、絵画、版画、ドローイング、立体作品、映像、絵本、音、著作物、インスタレーション、建物規模の作品まで手掛けています。

まるで底なし沼のように次々と生み出される大量の作品に魅了される人が後を絶ちません。

著作物にみられる巧みな文章と相まって、話の面白さにも魅力があり、人をどんどん惹きつける力も一般人を超越しています。

エネルギッシュでどんなものが飛び出すのかわからない、そういった印象を受けるアーティストです。

型破りで絵画の概念にとらわれることがありません。

ふらっと出かけた街で拾ってきた廃材やガラクタを張り合わせて、巨大なコラージュ作品を創り出すこともしばしばです。

スクラップブックを印刷し再構成したり、映像作品、音楽、ペインティングなど様々なジャンルで活躍できるのも大竹伸朗にしかできないことです。

デビュー当初から莫大な量の作品を制作し続け、複雑に込み入った個性的な作品が多くなっています。

大竹伸朗の作品

2009年、香川県直島にオープンした公共浴場の《直島銭湯「I♥湯」》

様々な印刷物で飾られた小屋とトレーラーからなる《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》(2012)

休校中の女木小学校の中庭に設置された《女根/めこん》

大竹伸朗は、写真やチラシ、雑誌の一部などをコラージュした「スクラップブック」なども数多く手がけています。

大竹伸朗の主要な個展

「大竹伸朗 全景 1955-2006」(東京都現代美術館、2006)

「大竹伸朗展 ニューニュー」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、2013)

「大竹伸朗展 憶速」(高松市美術館、2013)

熊本市現代美術館/水戸芸術館現代美術ギャラリー (2019)

パラソルユニット現代美術財団(2014)

アートソンジェセンター (2012)

広島市現代美術館/福岡市美術館 (2007)

企画展出展

国立国際美術館(2018)

ニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート(2016)

バービカン・センター(2016)

ハワイ・トリエンナーレ(2022)

アジア・パシフィック・トリエンナーレ(2018)

横浜トリエンナーレ(2014)

ヴェネチア・ビエンナーレ(2013)

ドクメンタ(2012)、光州ビエンナーレ(2010)

瀬戸内国際芸術祭(2010、13、16、19、22)

展覧会

「アゲインスト・ネイチャー」(1989)

「キャビネット・オブ・サインズ」(1991)

自身のグッズや書籍なども手掛ける大竹伸朗

「ニューシャネル」グッズ

大竹伸朗がスナックの看板をモチーフに生み出したという文字「ニューシャネル」をモチーフにした大人気グッズです。

Tシャツ&手ぬぐい、大竹伸朗フォントTシャツシリーズなどがメインです。

大竹伸朗の代表作をモチーフにした「ガチャ景」カプセルフィギュア&Tシャツシリーズ、

イタリアの老舗「RATTI社」が製作した世界限定300本の大竹伸朗ネクタイなどもかなりの人気を集めており、こちらはオンラインストアなどでも手頃な価格で購入できます。

大竹伸朗の買取価格は、その数が膨大なことから、数百円の書籍のようなものから、値段がつかないような大規模な建築物などもあって多種多様です。

大竹伸朗の作品は、日本国内や世界中でも高い評価を受けています。

一定数が世に出回っていることから市場が形成され、買取需要も豊富で取引が活発に行われています。

大竹伸朗の作品は査定・売却は可能なのか

ここまでで大竹伸朗の経歴や作品の特徴についてご紹介いたしました。

ここからはすでに大竹伸朗の作品を所有してる人やこれからの所有を検討している方に向けて、高値査定や売却のポイントについてご紹介します。

作品の発売直後

通常、美術品等の査定買取はその作品や作家の知名度が高ければ高いほど、査定買取も高くなります。

さらに、発売直後の作品であった場合は、メディアで取り上げられる機会も増えることから、認知度や注目度が高くなると、一時的に査定額が上がります。

大竹伸朗はすでに世界中から高い評価を集めるアーティストです。

過去に手掛けた作品を所有している場合は、状態が綺麗かつ発売直後の状態のままであれば、過去の査定実績額を上回ることがあります。

メディアで注目されるとチャンス

人気芸能人や海外セレブがアーティストの作品やグッズを愛用していると一時的に「人気が高まる」ことがあります。

過去にトレンドとなったことがあり、発売から時間が経過している作品なら、再度注目され、高額査定になります。

大竹伸朗は、世界的に評価の高い魅力的なアーティストです。

作品の売却を検討する場合は、各方面での情報収集を怠ることなく、定期的にメディアやニュースなどをチェックするといいでしょう。

作品のサイズや作品の内容によっても買取金額は大きく異なりますが、大竹伸朗作品の売却をご検討の際にはぜひ弊社にもお声掛けください。

まとめ

本記事では、大竹伸朗の経歴や作品の特徴、その作品の査定価格の目安と売却時の注意点について詳しくご紹介しました。

「大竹伸朗」は、すでに国内外で高い評価があり、高い知名度もあります。

これから大竹伸朗の良質の作品を集めようと考えている方も、別のアーティストの作品が欲しくなって手放そうと考えている方も、大竹伸朗の作品を査定・売却したい方は、ぜひ弊社にお問合せください。

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