2023.11.26

橋本ユタカのアートとは 買取は可能?

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橋本ユタカは、マンガからインスパイアされた、ストリートアートのような、ポップ感を感じられるアートを創作するアーティストです。

判断停止の瞬間こそが、人々が生命体に宿る瞬間なのではないか。
人間の本質追求を仕掛けるアーティストです。

今回は、そんな橋本ユタカのアートを掘り下げます。

橋本ユタカのアートとは

橋本ユタカは、1979年、大阪に誕生しました。嵯峨美術短期大学を卒業、その後大阪総合デザイン専門学校でアートについて学んできました。

彼は、マンガからインスパイアされ、独自アートを追求するアーティストです。
その世界には、独特なポップ感があります。

木製パネルの上から何度も何度も描き加えられたモチーフの少年は、反復、また、塗り重ねられていきます。

まるで、マンガっぽくあり、かつ、適当に描かれた落書きのようでもあります。

そこには、橋本ユタカならではの温かみを感じとることができるような、できないような……。

つまり、彼のアートをどう感じるのか、それぞれ鑑賞する人々に任されているのです。鑑賞した人々が温かいと言えばそれは正しい答えであり、感情を何も感じないと思えばそれも正しい答えです。

つまり、端的に言えば訳のわからないアートです。

わからないアートであり、逆に言えばわかったようなふりをしていてもそれは正解ではない。それ以上考えること自体、時間の無駄であり、人々は、やがて、彼のアートに前のめりになるものの感情を停止させてしまうことになります。

それについて橋本ユタカはこう言います。

この判断停止の瞬間こそが、人々が生命体に宿る瞬間なのではないか、と。

個展 『Study for NULL #005』を開催

かつて個展 『Study for NULL #005』が開催されました。

そこでも橋本ユタカの訳のわからないアートが展示されています。

理解出来るもの。

それは、人間が社会性の中で塗り固めたお約束事であり、そこに真実が存在している訳ではない。

真実は、訳のわからない方にこそ存在しているのではないか。

橋本ユタカのアートでは、「人間の真実を追い求める旅」がはじまります。

人間とは、自分探しをする旅人なのではないだろうか。

しかし、結局人間は、人間の真実について知ることができない存在です。なぜなら人間には意味不明な死が存在しているからです。

しかし、私達が生きている以上旅をしなければならない宿命を担っているのではないか。自身(人間)について語ることができないで、どうして他者(世界)について語ることができるでしょうか。

人間たちは、長い歴史をかけて、その中で文化であったり、言語、コミュニティを構築し、「区別」することを生み出してきたのです。

結果、区別することで、差別意識も生んでしまうことになります。戦争だって、そんな背景から生まれるのではないでしょうか。

そして情報があふれかえる時代、人間たちは区別を読み取ろうとすることばかりに意識を集中させてしまい、本質まで目が行き届かなくなってしまっています。

人間が生きていく上で区別は必要だとしても、区別がバリケードとなり覆い尽くし、人間が本質を追求する意欲が消失している。果たしてそれで大丈夫なのでしょうか。

区別を排除したとき、人々は人間性の追求をおのずとはじめていくことでしょう。
その方角には人間の本質が存在しているかもしれません。

まさに、橋本ユタカのアートは、既成概念を排除するための装置なのです。

何故、人々が重なって描かれているのか。

人々がブレているのは、瞬間移送されたから?

橋本ユタカのアートに対していろいろ疑問、質問は出てくるのでしょうけど、そこには実は何も答えはありません。

そして、人間の本質もそのようなものなのです。

であれば、橋本ユタカのアートは、まさに人間自体を描き切ったと言ってもいいのではないでしょうか。

アーティストが情報過多の時代に生きて

私達の現代社会は、まさに情報過多の時代です。情報があまりにもあふれかえっていて、どの情報が正しいのかフェイクなのか区別もつかなくなってしまうほどです。そして、全部の情報が安物っぽくも見えてしまうのではないでしょうか。

そうでない時代に存在していた情報とは、情報の方から私達に強要するほどの力をもっていたのですが。情報過多の時代、情報は、丁寧に横並となって、すべてのバリエーションが提供され、私達によって区別され選ばれるのを待っている状態です。それは、まるでバーゲンセールのような感じです。

人々は、情報に埋め尽くされた世界にたたずみ、そこに隙間も存在しないため、人間の本質を見ることもやめてしまったのではないか。

しかし、安易に橋本ユタカのアートをお部屋に飾ることで、情報過多の時代を生きている人々の心の中にも、人間のミステリアスゾーンへ導く道が作られることでしょう。

人間にとって大事なのは、人間の本質を知ろうとする方向性です。

しかし、現在を生きる人々は、それをやめてしまい、ただ区別された横並びになった商品を選別しているだけです。

橋本ユタカのアートは落書きである?

橋本ユタカのアートは落書きである。

得てしてそれは正解かもしれません。しかし、彼自身、落書きだと言われて悪い気持ちもしていないことでしょう。

まさに、ストリートアートの原点こそが落書きであるからです。

ストリートアートは、1920年から30年代にかけ、ニューヨークにおいてギャングたちが電車の車体であったり壁に描いたグラフィティ(落書き)だと言うことが伝えられています。

当時のギャングたちは自分たちのテリトリーを誇示するために、タグ(Tag)と呼んだ個人や集団のマークを描いて回っていたと言います。

そして1960年代後半から1970年代初頭にかけて、フィラデルフィアであったり、ニューヨークのグラフィティライターたちの手によって、より精密で形式化されたワイルド・スタイルで複雑なタグを創作し、コンセプトの感じられるアートへと変化していきます。

しかし、それは落書きのようであって落書きではない。なぜなら、落書きであればとうてい購入する人々がいないのに対して、ストリートアートは、商業的に成立しているからです。

また1986年には、あの有名なヘリングがアートの延長線上のものとして誰もがアートをエンジョイできる場所「Pop Shop」と言うブティックをマンハッタンにオープンし、ストリートアートが商業的機会を得、落書きのようで落書きでない貴重なアートに変化していきます。

なぜストリートアートは売れる?

では何故、落書きのようで落書きでないストリートアートは売れるのでしょうか。

それは、人々が理解しやすく親しみやすいアートであるからです。

例えば、バンクシーは有名キャラクターであったり、動物のモチーフを採用し、視覚的にキャッチーな出来にしたり、時事問題などを取り入れたりと、誰もが共通している日常的トピックを、皮肉とユーモアを混在させ表現しています。

実際のことを言えば、橋本ユタカのアートをひとつとっても言葉で語ろうとすれば、難解で訳がわからないという方々もいるでしょう。

ストリートアートは不思議な宇宙にも導いてくれます。そこは私達にとって訳のわからない世界です。

しかしそれでも、橋本ユタカのアートは表面的にはいたって簡単でわかりやすいため、アートに馴染みがない……という人々でもオシャレに感じられ、スムーズにアート世界へと浸透することができます。

彼のアートも基本はマンガチックでありわかりやすいアートです。

彼のアート作品に存在しているのは、ストリートアートにも共通するエリートアーティスト集団を否定することです。

我々が求めているのは敷居の高いアートなんかではなく、アートとはもっと誰でもが気楽に受け入れることができるものであるべきではないのか。

また、SNSでも簡単にシェアすることが可能な時代となり、どんどん橋本ユタカのアートを通じて、コミュニティを広げていくことが可能となりました。

しかし、やはり簡単でないのが橋本ユタカのアートです。せっかく彼の作品を入手したからには、じっくり彼の作品を見つめて考えていただきたい。

また、お部屋のインテリアとして飾れば、おのずと「なんでこの絵は描かれたのか」ということに触れてしまうことでしょう。

そのとき、その落書きのようなアートから、社会・人間・宇宙に対して訴えるような悲痛な声も聞こえてきたりします。

橋本ユタカのアートを飾らない限りは、そんな声は聞こえてくることはありません。ですから、人々は平々凡々と暮らすのでしょうけど、そんな生活に一体なんの意味があるのでしょう。

簡単なように見えて、橋本ユタカのアートは、生きるとは何かということも語ってくれようとしています。それはとてもすごいことなのではないでしょうか。

やっぱり、アートの力は偉大です。

橋本ユタカ作品の売却査定情報

現在橋本ユタカのアートを所有していて売却査定して欲しいと思っている方々もいらっしゃることでしょう。

Ly、TIDE、アドリアナ・オリバー、Baldur Helgason(バルドゥール・ヘルガソン)、ハシヅメユウヤ、Jun Oson、などのエディション+オリジナル作品の企画と販売を手がける今やイギリスを代表するアートギャラリー になったMoosey Artからリリース。そして、限定75枚の作品が発売後即完売!

海外ではまだまだ知名度の低いアーティストなのですが、販売すれば即完売するという結果です。まさに、橋本ユタカは成長株の期待のアーティストです。

橋本ユタカの「無のための習作」シリーズは2019年から創作されたもので、「人々が意思を持たない生命に戻る瞬間を創造したい……」をテーマとし、実験・立証的に描くシリーズです。現在、市場でも評価が高く、高額売却査定を期待することができます。

シルクスクリーン 3枚セット Yutaka Hashimotoも、人気作品で高い買取額で取引されています。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

今回は、奥深い橋本ユタカのアート作品について解説しました。
彼のアート作品は、判断停止の瞬間を作り出し、人々を生命体に宿る瞬間まで導いていきます。

その世界は、決して容易な世界ではありません。

橋本ユタカは、情報過多の時代、区別してしまうことばかりに躍起になっている人々に対して、人間の真実を追求する道を開く導線を私達に提供していると言えるでしょう。

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