2024.05.23
作家名
2024.05.23
現代アーティスト「ダミアン・ハースト」は、イギリスを代表する芸術家で、その作品の販売価格は現存する芸術家の中で最も高価なアーティストの一人と言われています。一方で、その作品はセンセーショナルで、論争を巻き起こすものも多く、その点でも注目を集めるアーティストです。ここではそんな世界的有名現代アーティスト、ダミアン・ハーストについて取り上げていきます。
目次
ダミアン・ハーストは1965年にイングランドで生まれました。幼少期の家庭環境は恵まれたものとは言えず、荒れた生活を送りますが、美術の分野では才能を発揮し、後に大学でも学ぶことになります。
1986年から1989年までロンドン大学のゴールドスミス・カレッジで学び学士号を取得しました。夏休みの間、故郷の遺体安置所でアルバイトとして勤務しており、その経験が後の作品テーマや制作に強い影響を与えたと言われています。そして、時に標本や、西洋芸術家の間では伝統的な練習方法とされていた遺体のデッサンもしていました。その経験は、後の彫刻制作にも活かされており、ダミアン・ハーストが芸術的技術を磨くことにもつながりました。
大学2年目のとき、他16人の学生仲間とともに「Freeze」というグループ展を主催し、そのリーダー的存在として活躍しました。その展覧会がダミアン・ハーストのアーティスト人生における転機となりました。グループとしては、型破りな素材を用いたり、それまでの「芸術」の定義に挑戦するようなコンセプトを設定するなど、その芸術に対する積極的なアプローチで知られるようになりました。
展覧会「Freeze]は、当時世界最大の広告代理店のオーナーで、アートコレクターとしてギャラリーも経営していたチャールズ・サーチ氏の目に止まり、その才能を見出されました。サーチ氏はそれまでに収集していた、アメリカ現代アーティストの貴重な作品を手放し、イギリスの若手アーティストの作品収集へと転向しました。ダミアン・ハーストとその芸術仲間であった学生たちは、サーチ氏のギャラリーで開催された数々の展覧会に出品し、「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBAs)」としてその名を知られ、活躍していくことになります。「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト」は1990年代当時の若手アーティストの総称で、サーチ氏のギャラリーで開かれた展覧会名に由来しています。ダミアン・ハーストはそのヤング・ブリティッシュ・アーティストの代表的アーティストとして、世界的に活躍していくことになります。また、サーチ氏は1991年から、ダミアン・ハーストのパトロンとして、その制作活動を支援することになりました。
これがダミアン・ハーストの初めての個展です。このころにはすでにダミアン・ハーストが生き物を使った作品を制作するアーティストであるということが知られており、この展覧会では蝶を使ったインスタレーションが展示されました。生きた蛹をキャンバスに貼り付け、羽化し、死ぬまでを展示した作品です。ダミアン・ハーストはこのような作品を制作した意図を「愛と現実、夢と理想、象徴と生死」を表したものだとし、「実際の蝶は誕生日カードに描かれるような理想象とは全く異なり、象徴は現実世界とはかけ離れた位置に存在しているということを表現した」と語っています。
なお、このインスタレーション作品は2012年、ロンドンのTate Modernにおける回顧展で再び展示されました。
日本語では「生者の心における死の物理的な不可能性」と翻訳されています。鉄とガラスで作られた巨大な箱に、全長4.3メートルのイタチザメがホルマリン漬けにして展示された作品です。ロンドンからニューヨークに至るまで、アート界の保守層の間では非難の的となりましたが、一方で新しい刺激を求めていた観客からは賞賛されました。
2004年にアメリカの投資家でコレクターのスティーブン・A・コーヘンに価格非公開で売却されたのですが、その価格は推定800万ドルと報道されました。
また、標本の劣化のため、2006年にサメの標本は交換されました。そのことによって、この作品はオリジナル作品とは異なるものではないのかという疑問や議論も起こりましたが、ダミアン・ハーストは、この作品はコンセプチュアル・アート(制作における技術や熟練度より、作品に内包された意味や観念、思想などの方を重視するアート)であるため、その価値に変化はないと述べています。
サメと同様ホルマリン漬の作品として代表的な作品です。「母と子、分断されて」というタイトル通り、母牛と子牛がそれぞれ頭からお尻にかけて縦に切断され、4つの箱に分けて収められた作品です。4つの箱の間にはそれぞれ人が通れるほどのスペースが設けられており、体内も見ることができます。非常にインパクトが強く、見る人によっては嫌悪感すら感じる作品だと言えるでしょう。当然、大論争を巻き起こす作品となりました。そして、このショッキングな作品は、ベネチア・ビエンナーレに出品され、これが世界デビュー作品となりました。また、この作品はイギリスの美術館Tate Modernが現代美術アーティストに贈る「ターナー賞」を受賞しています。
ダミアン・ハーストの代表作品として、生き物を扱ったものの他に「スポットペインティング」シリーズがあります。これは、カラフルなドットが白いキャンバスに描かれた作品で、一見すると、前出の作品とは全く印象の異なる作品です。しかし、このドットは覚せい剤や薬物錠剤を暗示していると言われています。
上に紹介した作品はほんの一部で、現在も精力的に制作活動を行っているダミアン・ハーストですが、それら作品に共通しているテーマは「生と死」です。スポットペインティングで描かれているドットも薬物、覚せい剤から着想を得たという話もあり、それら社会問題と「死」は切っても切れない関係にあるとも言えます。
近年では2018年にカタールのドーハにあるSidra Medicine(シドラ・メディスン)という、女性と子供、若者のための医療サービス提供を掲げる病院前に「Miraculous Journey(奇跡の旅)」という14体の巨大なブロンズ像作品が公開されました。これは受胎から新生児が誕生するまでの体内での発達段階を表したブロンズ像群で、その高さは最大14メートルにもなります。赤ちゃんの像といえどもイスラム教圏における裸体像の公開は前例がなく、論争や批判的な世論もあり、2013年に公開された後、5年間、作品には覆いがかけられていたものが、2018年に再び日の目を見ることとなった作品です。この作品は1990年代の作品とは逆に「生」にスポットを当てた作品だと言えるでしょう。
ダミアン・ハーストはアーティストであるだけにとどまらず、アートをビジネスとして成功させ、現在世界で最も稼ぐアーティストの一人とも言われています。前例のない手法や革新的な企画立案によって、自身の作品を販売し、売り上げを伸ばしているのです。その一つが、自分の作品を自分でオークションに出品したことです。従来、アーティストの作品は、ギャラリーやディーラーを通して出品されるのが常でした。しかし、2008年サザビーズのオークションにてこの慣例を破り、200点以上を自ら出品し、成功させました。落札総額は1億1,100万ポンド(日本円で約200億円超)に達し、これは一人の芸術家の作品落札価格として当時の最高価格となりました。これを機に、ダミアン・ハーストはイギリスで最も稼ぐアーティストとして、アート界のみならず経済界からも注目される存在となったのです。
近年では、2021年にNFTプロジェクト「The Currency(通貨)」を企画しました。これは1万枚のA4サイズのペインティングをNFT(所有権の証明書がついたデジタルデータ)化して販売するというものです。購入者は1年後に「NFTを放棄して現物作品を所有」するか、「現物作品を放棄して、NFTを所有」するかを迫られ、後者を選んだ人の作品は焼却処分されるという企画でした。プロジェクト全体の売り上げは8,900万ドル(約120億円超)を記録しました。そして、結果的に5,000人以上の購入者は現物作品を選択し、約4800人はNFTを所有することを選択しました。したがって、ダミアン・ハーストはこのおよそ4800人分の作品を焼却しなければならなくなったのです。
このプロジェクトは、例えば紙の書籍を好む人もいれば、電子書籍を好む人がいるように、私たち現代人が抱える「実物かデジタルか」という問題をアートによって体現した、それまでの芸術、アートの概念を超える革新的企画であったと言えるでしょう。
ダミアン・ハーストは先進的で、挑戦的で、その作品は多くの議論や論争を巻き起こしてきたことがわかりました。それと同時に彼の名前は現代アーティストとして広く知られることとなりました。数千万円や億を超えるインスタレーション作品などを売却、購入することは一般的には難しいかもしれませんが、ダミアン・ハーストは様々なプロジェクトを企画しており、私たちが手にすることができる作品もあります。前述のNFTプロジェクトで販売された作品は1点2,000ドルでした。
2021年に制作され、翌年、東京の国立新美術館にて開かれた展覧会「桜」関連のシリーズ作品はジークレープリントが308万円で販売されています。他にもジークレープリントやシルクスクリーン作品などは、数十万円から数百万円で売却査定が行われているようですが、その価格は作品やその技法などによって異なるため、売却を検討している場合は、信頼できる美術鑑定業者に依頼をしてみる必要があるでしょう。